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FOOL'S MEETING
CAROL GRIMES AND DERIVERY 1970 ![]() あ、いや、お久しぶりです(爆) さて、キャロル・グライムズ姐さんの登場である。 どちらかと言えばカンタベリー一派としてとりあげられることが多く、 なるほど、バックはフィル・ミラーにスティーブ・ミラー、 ロイ・バビントンとピップ・パイルと来たもんだ。 まんま、ある意味でカンタベリーの王道の 側道をまっすぐ歩いていく連中(笑) おもしろいことに、彼らの演奏には 後年華ひらくジャズロックや ひねくれたポップの要素はほとんど見られない。 もちろん一癖も二癖もあるのだが きわめてまっとうなブルースであり あくまでフロントはキャロル・グライムスである。 このキャロルのしわがれた声がまたたまらん♪ どっしりとして安定感があり、 このとき、いったいいくつだったんだろう? どちらかと言えば突き抜けるような歌声ではなく 地に足を踏ん張って呼びかけるような 力みはないけれど力強い歌声を これまた太くて重くてブルージーな演奏が支える。 きっと、バックの面々がテクニシャンぞろいだからこそ キャロルのボーカルを一番生かす演奏をしてるんだろうな。 歌声と演奏が一つの熱い塊となって まっすぐに突き進んでくる。 若くしてすでに熟練の巧者となっていたバックメンバーの その迷いのなさだけが、若さの証明かもしれない。 The Return of the Durutti Column
the Durutti Column 1979 ![]() 伝説の。。。という言い方は好きじゃないが、 紙ヤスリジャケットの復刻である。ただし、CDの話だが。 オリジナルには赤文字や文字無しや いくつかのバージョンがあるらしい。 なぜ紙ヤスリなのかというのは 所々方々で語られているので、割愛。 10代の終わりから20代にかけては もう、DCとJDを浴びるように聞いていた。 あと頭脳警察と浅川マキ(笑) オーバープロデュースとの意見もあるが それがどうした? 確かに、生DCの音はダイナミックであったが、 それはブルース・ミッチェルに負うところが大きい。 でも私は、マーティン・ハネットの作ったDCの音が好きなのだ。 地の底から響いてくるかのような、ほの暗い音律。 冷ややかで透明感のある音楽。 包み込まれるわけでもない。 突き抜けるわけでもない。 引きずり込まれるとは、こういう事を言うのか。 底無し沼だ。透明な底無し沼。 魔性の音楽。。。。 OTOWA SHIN 2
音羽信 2010 ![]() 前作「わすれがたみ」から35年後に届いた音羽信の新譜。とはいえ、わすれがたみと同時に創作されていたものを、盟友久保田麻琴が中心となって録音/製作したものである。バックの演奏はわずかに現代的だが、音羽信の声は変わらない。 前作がわずかなアシッドの香りとともに、わずかな浮遊感をともなっているのに対し、本作は地面にめり込むような重さがある。重さ?重みをともなわないので、引力というべきか?モノトーンの引力だ。 前作が日陰の木漏れ日だとしたら、本作は晴れた日に不意に日陰にはいってしまった感じ。仄暗い感じであるが、70年代特有の湿度はない。 # by bow1965 | 2011-01-23 11:27
Transparency
Sky Saxon 2005 ![]() さて、ロック界の至宝であるところのSky Saxon である。 Seedsのフロントマンであった彼は、 ガレージの創始者にして、いまだに皇帝として君臨している。 Seeds亡き後(とはいえ、再結成しているのだが www)、 あのYAHOWA13に合流ししたのも彼らしいといえば彼らしい。 で、このCD+DVDは、そんな彼の最新の映像がグリグリ動く。 まるでこのジャケットのまんまなのだ!! ![]() おっと、グリグリは動かない。ヨタヨタ動いていた(爆) CDはともかく、DVDの破壊力は相当なものだ。 40年以上熟成を重ねてきた3コードのパンク(爆) へたくそなのに加えて、加齢によるヘロヘロ感が絶妙に曲を加速させる。 楽器は勢いだけ。歌はよれよれ。 なのにこの息も絶え絶えなパワーは何だ? さすが変態だけの事はある。。。。 今回はどうも言葉にできないので、まあ、動画を見てもらおう。 しかし、こんなCD+DVDが2000円足らずで 海の向こうから届けられる時代って。。。。。なんなんだろう?
ラビ
中山ラビ 2001 ![]() 金髪を振り乱して叫ぶラビを見たのは、全くの偶然だった。 衝撃を受けたというよりも、むしろいわれの無い喧嘩を売られたようで 正直、少し戸惑った。 この凄みはどこからくるんだろう? しばらく歌う事からはなれていた彼女に いったいどうしてこんな歌が歌えるんだろう? かつて早川義夫は 「歌う事がひとつの表現なら 歌わない事もひとつの表現だ」と言ったが ラビにとって、歌とはいったい、何なのだろう? 繰り返し繰り返しラビの声を聞く度に 少しずつわかり始めたことがある。 ラビが私に喧嘩を売っているのではない わたしがラビに喧嘩を売って欲しかったのだ。。。。 どちらかと言うと、後ろ向きで控えめで それでいて太く存在感のあるその声 続ける 続けていく というのは表層の問題ではない 音羽信のうたと一緒に聞くと、それがよくわかる 何故もう一度うたい始めたのか。。。 誰かにすすめられて? なんとなく? きっかけを待っていた? きっと、そうじゃない 声にしなかっただけで 実はずっとうたい続けていたんだ under a blood red sky
U2 1983 ![]() 邦題は『四騎』 ダブリンから登場した粗野で攻撃的な四人組による初のライブアルバム。 その演奏は荒々しく、力づくで魂をつかもうとする。 アイルランドは長らく英国に蹂躙され、虐待され、抑圧されてきた。 IRAは力づくで英国をはねのけようとして武器を手にとった。 U2は武器を手にとるかわりに、手にした楽器を武器にした。 力一杯、思い切り良く。それこそ力の限りそれをふりかざす。 ギターは世界を切り裂き ドラムは世界を砕き そしてベースは大地を穿つ ボーカルの声は朗々と響き渡り 天へと吸い込まれる。 原初の叫びにも似たほとばしるその音は なんの戦略も無く、技術も無く その魂を盾にして、正面から世界と向き合う若者たち。 世界を変えたいという衝動が まっすぐに音になってほとばしっていた。 やがて政治的にも音楽的にもビッグネームになった彼らは 世界を変えうる大きな力を手に入れた。 そして、洗練され知的になった彼らは 振り上げた拳を、狙ったところに慎重におろす。 はたしてそれをロックと言えるだろうか?? それとも、私が大人になれなかっただけなのだろうか。。。。 武光徹のというか、日本の現代音楽の金字塔的作品である
ノヴェンバー・ステップで尺八を吹いていた 横山勝也師がお亡くなりになったようです。 師が近代邦楽に果たした役割を思うと メディアがなぜ師をとりあげないのかと 単純にふしぎに思います。 ご冥福をお祈りします。 合掌 ピンクの心
野宮真貴 1981 ![]() さて、彼女のデヴューがハルメンズだったのは有名な話だが、 いまだにもって私はこの「お散歩」が彼女のベストチューンだと思ってます、はい。 女王様然とピチカートに君臨し、ふてぶてしいまでに堂々と歌う彼女もきらいじゃないけど、 この、初々しい頃の彼女のほうが好き。好きったら好き♪ バックがムーンライダース人脈というのも嬉しい。 彼らは実験的であるけれど、他人のバックにまわると 非常に節度感のあるプロデュース/演奏を披露する。 で、なんと言っても白眉は「うさぎとわたし」でしょう。 ちょっとネオアコ風??な感じのミディアムテンポの曲。 こういう歌が彼女の声質に一番合ってると思うんだけど、 なまじ器用なだけに・・・・ 昭和の名盤とまでは行かなくても、好盤だと思います。 格好いいより、かわいらしい彼女が好きなへ。
A BLACK BOX
PETER HAMMILL 1980 ![]() この作品から始まったニュー・ウェーブ的なアプローチは 初のソロライブである「Margin」で総括される。 とはいっても、ライブはそのバックにほとんどVDGGと 変わらない面子で構成されたKグループを従えている。 さて、この作品は淡々とすすんでゆく。 時にはやや語気が強まるけれど、 扇情的でもなければ、陰鬱でもない。 同時代的なニュー・ウェーブ作品との最大の違いは 「年季の入った混沌」だろうか(w) 難解さが板についている、とも言える。 しかし、リアリティというか、説得力が違うのだ。 この人、デビューから全くぶれがない。 それでもって、数々のアプローチが小手先に終わってない。 結局俺は何が言いたいんだ? まったくもう、彼の声にやられている・・・・ 普通に聞けば、おっさんの地味声でしか無いんだけどね。 この80年代前半はとくに熱心にライブを行っていたらしく、 かなりの量のブートが出ている。 というか、学生時代にブートを買うとほとんどがこの時期のライブ。 なので、私もこのへんに非常に馴染みが深い♪
ちりをなめる
工藤礼子 2009 ![]() 工藤冬里のパートナーである工藤礼子の新作にあたるソロ5作目。数年前に自主レーベルである瓢簞記録をたちあげてから、結構なペースでリリースが続いている。気がつくと全部ある(w) 工藤礼子のここが良い、ここが凄い、というのは、正直言葉にできない。というか、ほんとうに好きなのかどうかも定かではないが、出ると買ってしまう・・・たぶんそれは、その純粋さ故なんだろう。あまりにも純粋なうた。透明なうたごえ。しかも何曲聴いても、どこから聴いても全部おんなじ。ものすごく淡い透明水彩画のようなのだが、どこかその歌声は底の見えない禍々しさを含んでいる、のか?それに、さらに底なしの工藤冬里が上手いんだか下手なんだかわからない伴奏をつける。 ところで今回は、混沌大魔王灰野敬二が1曲だけゲストボーカルで参加しているが、まったく予想通りの展開で素晴らしい。デュエットじゃないのが惜しい(w)
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