いまでもその声は、響き続けている。

にんじん
友部正人 1973

b0096724_6334058.jpg


 友部の歌を初めて聴いたのはたしか高校受験の直前だったと思う。夜のFM放送を聴きながら教科書をめくっていると、しわがれた特徴のある声と独特の節回しが耳に入ってきた。聴いたことの無いうた。どうやらヒッピーたちが夜の街道で競争をしていることを歌っているようだ。たまたまラジオでかかった曲だったために、歌っている人はおろか曲名すら聴き取ることが出来なかった。

 そのあと、いくらラジオを聞き続けても、どこか耳というよりも心のおくそこにへばりついているその声に、出会うことは無かった。それから5年が過ぎ、東京で大学生をやっていた僕の日課となっていた中古レコード店巡りで、手に取った一枚のレコード。それが友部正人のにんじんだった。そのなかの一曲「トーキング自動車レースブルース」が、なんとなく昔FMラジオから流れてきた曲のような気がして、どうしても確かめてみたくなった。

 針をおろした瞬間に、僕の部屋は友部の声で満たされた。ずっと僕のどこかで響き続けていたあの声。やっと出会うことが出来たその声は、僕の心のどこかを優しく崩してくれたのかもしれない。いつの間にか少し泣いてしまった。それから友部の声は、いつまでも僕のそばに響いていた。

 やがて帰郷した私は、隣の街の小さなライブハウスに、友部の名前を見つけた。友部は今どんな声で、どんな歌を歌っているのだろう。友部に会いにいく、それが僕にとって、とても不安で心躍ることだった。狭いライブハウスの客席は、比較的若い人たちでほぼ埋まっていた。友部を70年代から聴き続けてきたのであろう年配の人も少しは混ざっているようだった。

 やがてメンバーがステージの上にあらわれ、友部が口を開いた瞬間に、空気は友部の声で満たされた。すこししわがれてかすかに震える、それでいて力強いその歌声は、僕が中学生のときにラジオから流れてきたその声だった。その一瞬のうちに、初めてラジオから流れてきた友部の声に触れてから、友部の口から歌が生まれるその瞬間を見届けるまでの十数年間が、すべて友部の歌声で満たされたような気がした。また、僕は泣いてしまった。

 友部は今でも歌い続けている。あの声であの歌を。かれほど誠実な歌い手は、それほど多くはないだろう。彼の音楽がフォークだろうとロックだろうと、そんなことはもはや関係ないし、ましてや彼がボブ・ディランに影響を受けたかどうかなんて、どうでも良いことなのだ。彼が自分の歌を自分の声で歌い続けていること。今、この瞬間もきっとどこかで、たとえそれがスピーカーから流れていようと、彼の声で満たされている空間が存在しているであろうこと。それだけで十分素敵なことなのだろうと思う。
[PR]
by bow1965 | 2006-06-10 07:04 | 〜80年代 日本のロック
<< まっすぐに歌を見つめること 人の心の奥底に訴えるには、自分... >>