カテゴリ:〜80年代 日本のロック( 19 )

クライマックス

バリバリのロックンロール!とのシャウトで
派手にはじまったのはこの曲

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ほんとうにこのライブではドライブしているんですなぁ。

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いよいよのクライマックス。この名曲でステージも客席も
最高潮に!!!

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ステージ上ももやは入り乱れて、混乱しております(笑)

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この盛り上がりをどうしてくれようというところで、アンコールがはじまります。
泣くぞ!!俺は泣くぞ!!!!!! って感じ。ほんとにいろいろ思い出しちゃう・・・

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このスモークが、今回のステージの数少ない演出の一つです。

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そして、ほんとうのラストナンバー。万感の思いをこめて

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この25年、RCもいろいろあって、私もいろいろあって、

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そしてここに至る・・・・かな(爆)

ちなみに、そのあとにはてっきり消去してしまったと思っていた、

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1982年の野外ライブの模様が残っていました。
30分ほどですが、初武道館を終えてからのRCは
もはや余裕さえ感じさせる。
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by bow1965 | 2007-06-17 18:52 | 〜80年代 日本のロック

ヒートアップ!!

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つづいて、ガガガガガ(笑)
しかし、今みたいな軟弱なラブソングと違って、働く男の歌だよなぁ。
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おまちかね、この曲です。
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せつない。25年前に抱いた切なさとはまた別な切なさが胸に・・・
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ここで、清志郎はちょっと休憩を取って、チャボがボーカルをとります。
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しかし、歌下手だなぁ(爆)味があるから聞けるけど。
どうしてソロとか麗蘭の時のように歌えないんだろう??
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再び清志郎の登場!! 定番のこの曲で一気に盛り上がる
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昔はこの曲、特に好きじゃなかったんだけれど、
今聞くと良い曲だ!!私が年をとったのか!?
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つづく
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by bow1965 | 2007-06-16 20:35 | 〜80年代 日本のロック

恐るべし、ソニーの技術力

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どうしてももう一度見てみたくて、実家から引っ張りだしてきたβのテープ!!
25年前のテレビ放送がおよそ120分録画されている。これを先日VHSにダビングすべく業者に引き渡したのだが、本日無事納品され先ほど検品を済ませた。前半は少し画像が不安定な部分があるものの充分視聴でき、後半に至ってはまったくソニーの技術力には目をみはるばかりである。

問題の内容はこうである。

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察しの良い方はもうわかったでしょう!!そう、キング・オブ・ライブ

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である。それも1981年の初日本武道館!!! このタイトルは廃盤になって久しい。
やっぱりりぼんとの確執から、再発できないのだろうか??

内容ははっきり言って、現在入手可能なタイトルよりも数段良いと思う(主観ですが)。これから頂点へ上り詰めようとする、まさにその瞬間の熱気と瑞々しさたるや、もう言葉にはできない・・・
ライブは定番であるこの曲で幕をあける。
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まだ1曲目であるというのに、もう清志郎のリミッターがはずれて、シャウトしまくりである。
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当たり前だが、清志郎だって今よりも25歳も若いのだ!!
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言うまでもなくチャボだって若いのだ!!

つづいてはこの曲
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後半はドック・オブ・ベイにつながるのが微笑ましい。
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3曲目はこの曲
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手が付けられないほどノってます。ホーンセクションは梅津和時!!
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ほんとにこれで最後まで演奏できるのかというほどのテンションでもって、ステージを駆け回っている清志郎!! カメラはすべてハンディなので、見ているだけでもちょっと酔いそう(笑い)

つづく・・・
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by bow1965 | 2007-06-15 23:06 | 〜80年代 日本のロック

センス・知的テクニック・ストイックな姿勢


kenso 1982
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 初めてKensoを聞いたのは1986年のことであったと思う。四人囃子はともかく日本のプログレにはあんまり興味がなく、さらにインストであるため、ほとんどどうでも良いと思っていた。たまたまF君から借りたライブテープを聞いて衝撃を受けた覚えがある。

 その緊張感と前進性、極めてストイックな演奏を支える高度なテクニック。いたずらに叙情に流されることなく展開してゆく様は、他の何者にも似てはいなかった。その第一印象は強烈であった。

 たまたま通っていたレコード店で中古で出ているこのアルバムを見つけたとき、プラス2000円ほどのプレミアがついていたものの、迷わず購入に踏み切った。もちろん、その頃すでにkensoはメジャーデビューを果たした後、休止状態に入っていたのであるが、その後の快進撃は言うまでもない。

 kensoにとってはさらに完成度の高いアルバムを発表しており、現在もプログレスしつづける数少ないバンドであるが、このアルバムがその起点である。円熟しつつあるいは安定しつつ常に高みを目指しつづけるバンドではあるけれども、この時持っていた瑞々しさはもう望めないし望むべきではないのだろう。青臭い、あるいは未熟であるのかもしれないのであるが、それを聞いていた私たちもまた若かったのである。

 初心に帰ることと、初心は違う。そういうことを教えてくれるアルバムである。年頭に、久々にこれを聞いて、自分の初心を思い出してみよう。果たしてわたしの初心は何だったのか、わたしはプログレスし続けているのか・・・
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by bow1965 | 2007-01-01 12:38 | 〜80年代 日本のロック

星の井戸

パリ 1969
加橋かつみ 1969
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CDとしては先頃見開きの紙ジャケットによる二度目の再発をおこなった。
純白のジャケットの片隅にレーベルロゴがはいるだけのデザイン。
見開きには加橋のポートレイトが配されている。

1969年に絶頂期のタイガースを脱退したトッポこと加橋かつみ。
私はリアルタイムでのタイガース体験は無いし、
もちろん、加橋が脱退に至る経緯についても興味は無いが、
このアルバムはGS全盛期にどんな受け止められ方をしたのであろうか?

細く不安定で、それでいてはりのある声。
かすかに震えるその歌声は聞く人の心をも震わせる。
ソフトサイケデリックの隠れた名盤と言ってしまえば
それまでなのだが、もっともっと本質的な部分で
うたうこととは何かを問いかけているような気がする。

パリの空気は加橋に何をもたらしたのであろう。作詞のほとんどを自作しているが、
作曲はかまやつひろしや村井邦彦の名前が見える。
なにより、ジャン=クロード・プチのオーケストレーション抜きにして
このアルバムは語れないであろう。

もともとタイガースというより、GSと言うビッグビジネスのあいだに
ぽっかりと空いた深い深い井戸の様なアルバムである。
深い井戸は昼間でも星を映すと言うが、このアルバムは
スポットライトも喧噪も届かない静寂の中で
星を映したのだろうか。

その井戸から今でもわき上がる清らかな水を
そんなことを考えながら汲み上げる。
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by bow1965 | 2006-12-09 17:44 | 〜80年代 日本のロック

ハートぶち抜く、不良たちのロケンロー

CRAZY DIAMONDS
SONHOUSE 1984
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もともとサンハウスは70年代に活躍したバンドで、あんまり好きな言い方ではないけれど「メンタイバンド」の先駆けである。郡山ワンステップフェスティバルあたりで盛り上がったようだ。
その後、メンバーはそれぞれに活躍しているのをご存知の方も少なくないだろう。

 さて、これは副題にabsolutely liveとあるように、ライブアルバムである。たった一回だけ再結成したときの音源で、メンバーは菊(Vo)、鮎川(G)、奈良(B)、蒲田(Ds)の4名で、全員オリジナルメンバーである。オリジナルの編成ではサイドギターもいたが、それがいないため非常にタイトな音に仕上がっている。

 サンハウス自体の魅力は、やはり不良の一言につきるのではないだろうか?しかし、同じ時代に活躍した村八分がかなりヤバメな感じであるのに対して、サンハウスはどこか人懐っこい。村八分が粘っこいルーズなブギーであるのに対し、サンハウスはノリ一発のロックンロールであるのも対照的である。つまり、サンハウスは味方に付けるととっても頼もしいのに対して、村八分は味方につけてもどこか油断なら無い感じがする、といったところか!?

 さて、このアルバムは、後にカセットにのみ収録されていたタイトルを加えて、CDで再発された。改めて聴いてみると、CDのほうはなんかノリが悪いような気がする。蒲田と奈良のコンビネーションが悪いのだ。アナログ盤もCDも収録日は一緒なので、同一のマスターテープを使用しているはずなのだが?音の解像度が高くなったのと、ミックスダウンが変わったからであろうか。

 しかし、最初はちぐはぐだったリズム隊であるが、次第にノリが合ってきて、盛り上がるに従って音がまとまってくる。その過程が非常に生々しく、実況録音盤の名にふさわしい。蒲田が下を力強く支え、奈良が前へ前へ押し出す。そこに鮎川がノイジーに切り込んでくるのを菊がねじ伏せる。それらすべてが合わさってバンドの音が出来上がっているのであるが、すべてを包み込むのはやっぱり菊の歌声であろう。村八分にしても外道にしても四人囃子にしても頭脳警察にしても、どうしてこう、70年代のバンドの音って、格好いいんだろう!音の寄せ集めではなくて、80年代以降希薄になっていく(90年代には絶滅しているかもしれない)バンド感が、満ち満ちている。

 このアルバムはバンドのノリが生み出されていく希有な瞬間を封じ込めた傑作である。とくにサンハウスはテクニックというよりはノリで勝負するバンドであるだけに、その臨場感は特筆ものである。上手いだけがバンドではないことを、はっきりと示している。
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by bow1965 | 2006-07-23 17:54 | 〜80年代 日本のロック

いまでもその声は、響き続けている。

にんじん
友部正人 1973

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 友部の歌を初めて聴いたのはたしか高校受験の直前だったと思う。夜のFM放送を聴きながら教科書をめくっていると、しわがれた特徴のある声と独特の節回しが耳に入ってきた。聴いたことの無いうた。どうやらヒッピーたちが夜の街道で競争をしていることを歌っているようだ。たまたまラジオでかかった曲だったために、歌っている人はおろか曲名すら聴き取ることが出来なかった。

 そのあと、いくらラジオを聞き続けても、どこか耳というよりも心のおくそこにへばりついているその声に、出会うことは無かった。それから5年が過ぎ、東京で大学生をやっていた僕の日課となっていた中古レコード店巡りで、手に取った一枚のレコード。それが友部正人のにんじんだった。そのなかの一曲「トーキング自動車レースブルース」が、なんとなく昔FMラジオから流れてきた曲のような気がして、どうしても確かめてみたくなった。

 針をおろした瞬間に、僕の部屋は友部の声で満たされた。ずっと僕のどこかで響き続けていたあの声。やっと出会うことが出来たその声は、僕の心のどこかを優しく崩してくれたのかもしれない。いつの間にか少し泣いてしまった。それから友部の声は、いつまでも僕のそばに響いていた。

 やがて帰郷した私は、隣の街の小さなライブハウスに、友部の名前を見つけた。友部は今どんな声で、どんな歌を歌っているのだろう。友部に会いにいく、それが僕にとって、とても不安で心躍ることだった。狭いライブハウスの客席は、比較的若い人たちでほぼ埋まっていた。友部を70年代から聴き続けてきたのであろう年配の人も少しは混ざっているようだった。

 やがてメンバーがステージの上にあらわれ、友部が口を開いた瞬間に、空気は友部の声で満たされた。すこししわがれてかすかに震える、それでいて力強いその歌声は、僕が中学生のときにラジオから流れてきたその声だった。その一瞬のうちに、初めてラジオから流れてきた友部の声に触れてから、友部の口から歌が生まれるその瞬間を見届けるまでの十数年間が、すべて友部の歌声で満たされたような気がした。また、僕は泣いてしまった。

 友部は今でも歌い続けている。あの声であの歌を。かれほど誠実な歌い手は、それほど多くはないだろう。彼の音楽がフォークだろうとロックだろうと、そんなことはもはや関係ないし、ましてや彼がボブ・ディランに影響を受けたかどうかなんて、どうでも良いことなのだ。彼が自分の歌を自分の声で歌い続けていること。今、この瞬間もきっとどこかで、たとえそれがスピーカーから流れていようと、彼の声で満たされている空間が存在しているであろうこと。それだけで十分素敵なことなのだろうと思う。
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by bow1965 | 2006-06-10 07:04 | 〜80年代 日本のロック

邂逅/そして再びあの頃の自分と

GRAPE IRIS
D−DAY 1986

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再発に寄せて
 そのころ、僕(たち)はもてなかった。だからと言うわけではないが、たくさんの音楽を聴いた。それは80年代もなかばの話で、そのときはまだ音楽は僕たちと一緒にあった。それはそれで、幸せな時代だったと思う。

 今でももてないけれど、音楽は僕(たち)にもう寄り添ってはくれない。ほとんどの音楽がすり寄っていくのはお金かもしれない。そんな時代に、まるであの頃どこかに埋めた宝物が突然引き出しの中から見つかったように、D−DAYの音楽が再び聞こえてくるのは、とても嬉しいことであるし、それは決してノスタルジーだけで説明のできる感情ではないようだ。

 70年代の後半から80年代にかけて、多種多様な音楽が生み出された。何でもアリと言ってしまえばそれまでなのだが、経歴も目的も音楽的な土壌も全く違う人たちが、音を作り始めた。たとえばフォーククルセイダースなんかのような記念盤的なアルバムでも、頭脳警察のような発禁盤を復活させるためでもなく、自由に音楽を作って、自由に再生するために、たくさんの自主制作盤が作られた。もちろん、ほとんどの人たちが「自由に」という気負いすらもっていなかったかもしれないし、反対に新しい音楽を作るんだという明確な目標を掲げていた人たちもいただろう。

 本当にD−DAYもそんななかにいた、のだろうか。今となってはそれすら自信がない。むしろ攻撃的で暴力的なパンクや、退廃的でエキセントリックなニューウェーブが中心のうねりの中で、D−DAYの音楽はあまりにもひ弱に見えてしまった。美子が垣間見せる世界は、彼女自身のとても個人的な世界に見えてしまって、僕(たち)はドギマギしなから、少し後ろめたい気持ちでその歌声を受け入れていたのだ。幾分頼りなげで不安定なその歌声の後ろで、やはり音数も少なく淡いトーンの演奏が淡々と、時に揺らぎながら紡ぎだされてゆく。

 その歌を、僕(たち)は渇いた喉を潤す薄荷水のように、目をつぶって飲み干した。音楽的にはどちらかと言えばオーソドックスな部類に入るであろうその歌は、しかし普遍性をもっているとは思えない。なぜならばD−DAYの歌が美子の声に、歌に、つぶやきになるとき、歌は「彼女のきわめて個人的な世界」に変貌してしまうのだから。
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 D−DAYの音楽のもつリアリティは、ほかのどのバンドの音とも違うベクトルをもっていた。そのころの音楽はいつでも力づくで僕たちの生活に意識に日常に入り込んできたし、僕(たち)もそれを望んでいたはずだ。その一方で、僕(たち)がD−DAYの歌から感じとったことが現実かどうかなんでどうでもいいことで、僕(たち)はD−DAYの世界に引きずり込まれたかったのだ。よくも悪くもそれがD−DAYの特異性であり、凡百のバンドとの差なのであろう。今でもその音を確かめたい人たちがいるということが、すべてを表している。

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by bow1965 | 2006-05-17 20:18 | 〜80年代 日本のロック

「男と女の狂騒曲」というセンス、あるいは昭和の大名盤

あまぐも
ちあきなおみ 1978

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 あんまりロックではないけれど、大好きな一枚です。このアルバム、ミッキー吉野のアレンジもいいし、ゴダイゴ(タケカワユキヒデを除く)が手堅いバッキングを披露しています。それ以上に良いのが岸本博のアレンジです。この人もゴダイゴ人脈のようです。

 ちあきなおみは喝采ばかりが取りざたされますが、船村徹と一緒に良い仕事をしており、矢切の渡しの初演は彼女です。もちろん船村は矢切の渡しについては彼女の歌唱が最も時分のイメージに合っていると述べています。

 彼女が表舞台から去って十数年が過ぎてしまいましたが、彼女の作品はそのほとんどが現在でも入手可能です。普通、表舞台から消えて十年もたっていれば旧譜はほとんどが廃盤になってしまうということを考えれば、いまだにボックスセットが売れ続けている彼女の人気の高さは驚異的なものと言っても良いでしょう。

 その魅力は、彼女の歌唱力の高さと、表現力の豊かさに他なりません。うたを極めようとして最後にはファドにたどり着いた彼女の歌唱力の確かさは言うまでもありませんし、その情念を歌わせたら、右に出るもののいない表現力もまた然りです。もちろん、ただただ濃い情念を垂れ流しにするだけでないのは言うまでもありません。

 このアルバムはそんな彼女の作品の中でも、もっとも情念が渦巻いているものではないでしょうか。このアルバムで、彼女は友川かずきと出会っています。ぶつかりあう二つの個性と個性、情念と情念は、むしろどろどろと溶けて渦巻き、聴いているほうが飲み込まれてしまいそうです。友川の担当したB面の1曲目は「普通じゃない」、あんたら二人が普通じゃないやん!とつっこみを入れたくなるほど(w)

 アルバムの最後を飾る名曲夜へ急ぐ人は、かつて紅白歌合戦で大晦日のお茶の間に流れてきたことがあります。手招きしながら、誘うように歌われる、人の心の奥底を無理矢理のぞきこませるかのようなその歌。歌い終えたときに白組の司会者が「気持ち悪かったですね、次いきましょう」と言ったとか言わなかったとか。先日その時のうたをNHKの特番で見る機会がありました。いや、こういうものを公共の電波にのせては行けないと思いました。ほんとに。

 個人的な嗜好は抜きにしても、これは昭和を代表する大名盤だと思います。ただしA面とB面はまったく違います。A面は川島英五さんです。こっちもまぁ、情念は情念なんですが友川とはベクトルが正反対なので、気をつけてください。
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by bow1965 | 2006-05-15 21:57 | 〜80年代 日本のロック