カテゴリ:〜80年代 欧州のロック( 5 )

banco祭りじゃぁああああ!!

というわけで、バンコの動画を集めてみました。

http://www.youtube.com/watch?v=VeWSGhFi3Os

http://www.youtube.com/watch?v=ZV9MUvXC9A0&mode=related&search=

http://www.youtube.com/watch?v=-RR_iRdCtuk&mode=related&search=

http://www.youtube.com/watch?v=7R8IA7vV0ac&mode=related&search=

昨今はポップになったとはいえ、やはりイタリアの熱き魂には
みじんの陰もありません!!こりゃあたまらん(笑)

おまけ

http://www.youtube.com/watch?v=st5bEcrKpgM&mode=related&search=

http://www.youtube.com/watch?v=esHEPt41Sjc&mode=related&search=
こっちもたまらん(爆)
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by bow1965 | 2007-04-28 07:11 | 〜80年代 欧州のロック

来る!来る!ジャコモおじさんの共済銀行来る!!

Banco Del Mutuo Soccorso
Banco Del Mutuo Soccorso 1972

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イタリアの至宝、バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソが来日しますぅぅぅ!!!
そっこるそ、というあたりからもはやただ者ではないということがおわかりかとお思います(笑)
70年代の初頭から、イタリアではいわゆるシンフォニックロックが雨後のタケノコのように出現します。それはもう百花繚乱、玉石混淆、空前絶後、共存共栄!?
それはイギリスでおこったプログレッシブロックの影響を受けてのことですが、そこはそれ情熱の国イタリアですから、ただでは済まない。

イタリアのシンフォニックロックは、情熱と伝統、技巧と前衛がないまぜになってそれはもう大変なものです。元々伝統的な音楽的土壌があるうえに、その場の勢い的な情熱で持ってロックンロールとそれを融合させてしまったのは、それこそ国民性のなせるワザ。

なかでもこのバンコは「最もイタリア臭い」と評されるほどすばらしいバンドである。そのファーストアルバムがこれ。以後、ますます音楽的には洗練され円熟していく彼らであるが、私としては荒削りではあっても、むしろ荒削りであるが故の瑞々しさ、パンクの初期衝動にもにた情熱のほとばしり、そういったものがあらわれているこのアルバムが一番好きである。

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その彼ら、30年以上現役を続けている彼ら。彼らのおそらく最後の来日公演です。前回の来日公演は見に行っていませんが、どうやら完全な出来ではなかった模様。今回はバンドヒストリーの総決算的な内容らしいので、ますます盛り上がる期待!!

で、どうして最後の来日かというと、メンバーがみんな齢をとったから(笑)とくにボーカルのジャコモおじさんは・・・

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こんなイタリア最強のロックボーカリストとは思えないほどチャーミングだったのに、その体重ゆえに結構足に来ているらしい(爆)

しかしまあ、彼らの輝きには一点の曇りも無い、はずだ、百戦錬磨の老練なバンドマン。
場所は川崎クラブチッタ、時は5月の末。ちょうどその日、私は所用で東京に行くんだも〜〜〜ん。何というタイミング。チケットもとれたし、後は体調をととのえて、少し減量して(爆)俺は久しぶりのロックンロールに酔いしれるんだよぉぉぉ!!!
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by bow1965 | 2007-04-23 19:29 | 〜80年代 欧州のロック

たとえばこんなラブソング・・・ただし清志郎ではなくて

Halber Mensch
Einsturzende Neubauten 1985

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彼らはインタヴューで、『僕らの作っている音楽は全部ラブソングなんだ』という発言をしている。半分しか人間でない人たちのラブソングはとてもプリミティブである。

ベルリン発のカオスミュージック。貧乏なパンクスたちがなけなしの金をはたいて音楽を始めた。ドラムセットを買えないので、そのへんにあった鉄の棒でドラム缶なぞを叩き始めたのが振り出しらしい。これはたしか三枚目のアルバムで、かなりかっちりとした音楽的な枠組みが出来上がっているものの、むしろ肉体労働系の音楽は電気ショックを浴びせたり毒ガスを充満させたりというよりは、鈍器で殴りつける感じに近い(なんのこっちゃ)。

このアルバムが発表されたころ、端正な顔立ちのブリクサは結構人気があったと思う。もちろん彼がバンドのリーダーでありボーカルでありフロントマンであったので当然かもしれないが、他のメンバーの名前は全く思い出せない。

このアルバムで彼らはワールドツアーに出た。日本では後楽園ホールで二日間の日程だったと思う。ちょっと思い出してきたぞ!私は二日目の公演に行ったのだ。ステージの前にパイプ椅子が並べられ、みんな割と行儀よく並んでいた。パンクスもいれば今で言うところのゴス系の黒尽くめもいれば、私はミリタリーだったけど・・・

開演直前に場内アナウンスがあり、「昨日の公演では観客がパイプ椅子を倒しステージに殺到したため、大変危険でした」とのこと。おっ、立つなってか??と思っていると、「本日はパイプ椅子を撤去してオールスタンディングとしたいと思います」とのアナウンス。会場からは歓声が上がりほとんど会場にいた全員が片付けに手を貸した。もうパンクスからサラリーマンから一致団結して(笑)数百のパイプ椅子が5分ほどで片付いてしまった。

当日のステージ上には巨大な鉄板が吊るされ、スチール製のショッピングカート・ドラム缶・電気ドリル・グラインダー・鉄パイプ(各種)・コイル・送風のダクトとかもあったかもしれない。それはさながら工事現場のようで、「本日使用される楽器は大変危険ですので、ステージには近づかないでください」というアナウンスもうなづける(爆)

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まあ、こんな感じ。オープニングは真っ暗な中にスモークが漂い、ステージ中央に吊るされたノイバウテンのマークがうかび上がっているなか、「半分人間」の低いコーラスが流れてくる。さながら宗教儀式のよう。

で、ライブは聞きしに勝る感じ。グラインダーで鉄板を削って盛大に火花を飛ばし、道路工事で使う転圧機で会場を叩きまくり、投げつけ、引きずり、こすり、かきむしり、それはもう大騒ぎであった(爆)途中ブリクサともう一人が客席にダイブして、いやが上にも大盛り上がり。私もむりやり突っ込んでブリクサにタッチ!!

危険な楽器にもかかわらず(笑)ステージ前に殺到して熱狂する聴衆と、少し距離を置いて遠巻きにしている恐いもの見たさ組と、その緩衝地帯にできた空間で踊り狂うパンクスたち。
その夜は後楽園ホールが文字どおり揺れていました。
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by bow1965 | 2007-04-21 08:37 | 〜80年代 欧州のロック

センチメンタル

Between Flesh And Divine
ASIA MINOR 1980
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ポジパン/ネオサイケを始めとするニュー・ウェイヴの波に押しやられ、プログレ不毛の時代と言われた80年代にも、わずかではあるが優れたバンドが存在していた。オランダのCODA、ドイツのAMENOPHIS、そしてフランスのASIA MINOR。

 その三つのバンドの中でどれが一番かというのは好みの問題であり、かつバンドの方向性も違うために、あまり意味が無い。私個人の好みからいえば、ASIA MINORは完成度はCODAに、テクニックはAMENOPHISにそれぞれ一歩譲るものの、その叙情性と理知的とも言える展開において、他二者の追随を許さない。

 奇数拍子を基本とする変拍子を多用するシンフォニックな曲調は、まさに70年代を継承している音楽である。トルコ出身のリーダーによって、たどたどしい英語で歌われるその歌は、しかし吃音系というよりはむしろ儚さが滲みだしているようにさえ聞こえる。

 基本的な編成はギター/ドラム/ベースとフルートで、控えめなキーボードが時折差し挟まれる。全体に乾いた緊張感をはらんだ、スピード感のある演奏ではあるが、全体に寂寥感が漂う、まるで砂漠の夜明けのような透明な音楽が紡ぎだされていく。

 ほんとうに、この一瞬を逃したら二度と聞けないのではないかと思わせるような儚さとうらはらに、時に顔を出す強靭なリズムに支えられた疾走感。その絶妙なバランスが開けてくれる扉の向こうからは、漂うような、吹き抜けるような、そんなフルートに導かれて、いいしれぬ切なさが流れだしてくる。そう、悲しいのでも寂しいのでもなく、良い知れぬ切なさに胸が締め付けられるような感覚。

 私は20代のうちにこの音楽に出会うことが出来たことを、とても幸せだと思う。
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by bow1965 | 2006-08-06 17:16 | 〜80年代 欧州のロック

震える音粒子につつまれて、深淵に下る

Andre Sulla Luna
Arturo Stalteri 1979

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 このアルバムはプログレという音楽ジャンルにくくられるのが常である。しかしながら、極めて現代音楽よりであるため、一般にプログレファンからは人気が薄い。そのうえ、音づくりが表面的にはポップでカラフルであるため、もちろん現代音楽ファンからは無視されている。正当に評価されていない音楽はそれほど珍しくはないが、これはOpus Avantraとともにその筆頭である。

 これを書くにあたって、クレジットを見て驚いた。1979年に作られたアルバムだった。70年代半ば頃には作られていたと思っていた。彼の参加していたバンドPierrot Lunaireのデビューアルバムの発表が1974年、傑作セカンドアルバムGUDRUNが1977年だから、プログレとしては比較的後発になるのだろう。1979年と言えばBancoなら春の歌、PFMならパスパルトゥのころだ。つまり、ほとんどすべてのベテランプログレバンド勢が失速し、プログレ不毛時代のはじまったまさにそのの瞬間である。

 音楽的には、キーボードや電子ピアノといった鍵盤楽器によるシーケンスが緩急をつけながら積み重なっていく感じである。しかしながら、たとえばドイツやフランスの浮遊感をともなうそれとは違って、めまぐるしく変化しながらキラキラと音が反射していく感じがする。言ってみれば万華鏡をのぞくような、あるいは、複雑に絡んだアラベスクが流れていくような感じと言えば良いのだろうか。万華鏡もアラベスクも極めて人工的なものであり、同様にこの音楽も人工的に作られた匂いがする。そして音の粒の一つ一つが痙攣しているかのようである。それゆえ、リラックスしたり自然にリズムに乗ったりすることの出来る音楽ではないが、何かもっと強力な合成麻薬的な攻撃的な引き込み方をする。そして、突然はしごを外されたかのような、一瞬の静寂が不安を掻き立てる。

 「月の上のアンドレ」という童話めいたストーリーにそって音楽が展開するトータルアルバムであるが、騙されては行けない。全体を覆う緊張感と奇妙な切迫感から、時折解放してくれるなにげない優しい旋律の奥にこそ、深淵が見え隠れするのはArturoの非凡さ故であろう。もともと彼の参加していたバンド名からもわかるように、彼はシリアスミュージックよりの人である。このアルバム発表後しばらく沈黙の後、インドのラーガを用いたミニマルミュージック的なアルバムを発表している。そこにはこのアルバムで見せたような攻撃性はもはや無く、彼の自己深化の結果生み出された、たおやかな旋律が織りなされている。

 ポップミュージックとシリアスミュージック、ロックと現代音楽の接点などと言った表現に対する皮相的な見方ではなく、こういった美を生み出した精神を評価していただきたい。
 
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by bow1965 | 2006-05-20 17:29 | 〜80年代 欧州のロック