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まっすぐに歌を見つめること

The Original Sandy Denny
Sandy Denny 1991

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 もともと、このブログのタイトルは、この人の歌からとったものである。英国フォークきっての歌姫である。惜しむらくは、まさにこれから更なる深みに到達しようという時に、亡くなっている。これはその追悼盤として、1967年の音源をコンパイルしたもので、1978年にLPで発売されているものをCD化したもの。

 サンディはSTRAWBSが振り出しで、FAIRPORT CONVENTION、FotheringayそしてLED ZEPPELINへの客演など、そしてそのほかに数枚のソロアルバムがあると言うのが、一般的な認識であろう。彼女の歌声は決して極端な美声ではないものの、、穏やかで優しく、すべてを包み込んでくれる深さがある。まさにトラッドを歌うためにあるような歌声である。

 もちろん、Fairportでの歌声も大好きである。でも、それ以前の、このCDにおさめられている瑞々しい歌声が、私は好きだ。本格的にトラッドに取り組む以前の、いまだアメリカンフォークを土台に歌う彼女。その一方で、祖母のものであったバラッドも歌っており、己のアイデンティティを模索していたのであろうか。ひたむきに音楽に向かう少女の姿が、そこにはある。声を張り上げ、テンポよくギターを刻みながら歌うその姿は、後の圧倒的な存在感こそないものの、ある種の鮮烈さをほとばしらせている。Martin Carthyのデビューアルバムもそうであるが、ひたすら歌に向かう潔さが、その歌をささえているのかもしれない。

 
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by bow1965 | 2006-06-23 22:10 | 〜80年代 英国のフォーク

いまでもその声は、響き続けている。

にんじん
友部正人 1973

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 友部の歌を初めて聴いたのはたしか高校受験の直前だったと思う。夜のFM放送を聴きながら教科書をめくっていると、しわがれた特徴のある声と独特の節回しが耳に入ってきた。聴いたことの無いうた。どうやらヒッピーたちが夜の街道で競争をしていることを歌っているようだ。たまたまラジオでかかった曲だったために、歌っている人はおろか曲名すら聴き取ることが出来なかった。

 そのあと、いくらラジオを聞き続けても、どこか耳というよりも心のおくそこにへばりついているその声に、出会うことは無かった。それから5年が過ぎ、東京で大学生をやっていた僕の日課となっていた中古レコード店巡りで、手に取った一枚のレコード。それが友部正人のにんじんだった。そのなかの一曲「トーキング自動車レースブルース」が、なんとなく昔FMラジオから流れてきた曲のような気がして、どうしても確かめてみたくなった。

 針をおろした瞬間に、僕の部屋は友部の声で満たされた。ずっと僕のどこかで響き続けていたあの声。やっと出会うことが出来たその声は、僕の心のどこかを優しく崩してくれたのかもしれない。いつの間にか少し泣いてしまった。それから友部の声は、いつまでも僕のそばに響いていた。

 やがて帰郷した私は、隣の街の小さなライブハウスに、友部の名前を見つけた。友部は今どんな声で、どんな歌を歌っているのだろう。友部に会いにいく、それが僕にとって、とても不安で心躍ることだった。狭いライブハウスの客席は、比較的若い人たちでほぼ埋まっていた。友部を70年代から聴き続けてきたのであろう年配の人も少しは混ざっているようだった。

 やがてメンバーがステージの上にあらわれ、友部が口を開いた瞬間に、空気は友部の声で満たされた。すこししわがれてかすかに震える、それでいて力強いその歌声は、僕が中学生のときにラジオから流れてきたその声だった。その一瞬のうちに、初めてラジオから流れてきた友部の声に触れてから、友部の口から歌が生まれるその瞬間を見届けるまでの十数年間が、すべて友部の歌声で満たされたような気がした。また、僕は泣いてしまった。

 友部は今でも歌い続けている。あの声であの歌を。かれほど誠実な歌い手は、それほど多くはないだろう。彼の音楽がフォークだろうとロックだろうと、そんなことはもはや関係ないし、ましてや彼がボブ・ディランに影響を受けたかどうかなんて、どうでも良いことなのだ。彼が自分の歌を自分の声で歌い続けていること。今、この瞬間もきっとどこかで、たとえそれがスピーカーから流れていようと、彼の声で満たされている空間が存在しているであろうこと。それだけで十分素敵なことなのだろうと思う。
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by bow1965 | 2006-06-10 07:04 | 〜80年代 日本のロック

人の心の奥底に訴えるには、自分も心の奥底から訴えなければならない

春香歌
安淑善 2003

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 韓国のパンソリです。韓国の伝統芸能であるパンソリは、現在この春香歌(伝)のほか、水宮歌、フンボガ、赤壁歌、沈清歌の四曲しか伝わっていません。水宮歌とフンボガは説話を題材としたもの、赤壁歌は三国志に題をとったものです。沈清歌は親孝行な娘の一代記です。

 さて、今回のテーマである春香歌は、烈女春香の物語です。中央から来た官吏の息子夢龍に見初められた春香は、契りを交わしますが、その後夢龍は父の異動と科挙の試験のために、中央に戻っってしまいます。春香は新しくかの地に赴任した官吏に言い寄られ、これをはねつけた春香は牢獄につながれてしまいます。一方、夢龍は科挙の試験を主席で合格し、密使の大役を授かります。そして、赴く先は言わずと知れた春香のまつ思い出の地!しかし、春香はそんなことはつゆ知らず、獄中で夢龍を待ち続けます・・・・
 クライマックスは、園遊会の日。まさにその宴の余興に春香が獄門にかけられる、その前の晩、春香の前にあらわれたのは、襤褸に身をやつした夢龍!夢龍のみすぼらしい姿を見て、春香は命運尽き果てたかと、ハラハラと涙をこぼすのですが・・・・・

 もともとパンソリは口伝であったと見え、同じ曲目でも細部は異なるようです。それぞれの伝承者が脚色し、時流を織り交ぜながらのばしたりちぢめたりしたと言われます。そんな中でも春香歌はもっとも長いもので、今回の安淑善のバージョンはCD6枚組となっています。およそ6時間にわたって、パンソリを歌いつづけるのは技術的にも体力的にも困難であるため、通常はハイライトのみを演奏するようです。

 パンソリは、歌唱による芸能ですが、厳密には一人芝居つまり演劇になります。実際には扇子を使い、身振り手振りを交えながら歌われるもので、浪曲に誓い印象を受けます。
 伴奏にはプクと呼ばれる太鼓が使われます。太鼓には歌の行く先を地ならしする大切な役目があり、技術もさることながら、歌手との相性も重要なようです。

 もともと私が韓国に興味を持ち始めたきっかけはパンソリのすばらしさに触れたことです。もともとパンソリは韓国のもっとも重要なメンタリティである恨(ハン)と直結した芸能です。恨の説明は私には到底出来ませんが、心の奥底に、長い長い時間をかけて降り積もった澱のようなもので、さまざまな感情が複合した、すべてを受け止めるものだと言う人もいます。

 きっと私は、いつか恨が理解できるその時まで、韓国に憧れつづけることでしょう。
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by bow1965 | 2006-06-01 20:35 | 民族音楽/シリアスミュージック