<   2006年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

邪教的な愛の歌

...IF I DIE,I DIE
VIRGIN PRUNES 1982

b0096724_2151360.jpg


 80年代初頭に猛威をふるったポジティブ・パンクの、真打ちとでも言うべき彼らの最高傑作である。最高傑作という言い方は正しくないかもしれない。最も聴きやすい一枚と言うべきか。もちろん彼ら独特の持ち味は少しも変わってはいない。

 彼らの演劇的なステージや、耽美主義的なスタイル、プリミティブなというよりも、ヘタウマととられかねない音楽性。今だに輝きつづけるその音楽は、後々多くのフォロワーを生み出した。しかしながら、フォロワーたちの多くが生み出した音楽は、今となっては懐メロにしか聞こえない。フォロワーたちとオリジネーターたる彼らの違いとは、いったいなんだったのだろうか?
b0096724_21313525.jpg

彼らのパフォーマンスを直接見たことはもちろん無いが、耽美であるとともにプリミティブなイメージがある。そしてそれらは背徳によって彩られているのだ。それに、独特の「間」をもった音楽が加わる。歌ともうめき声ともつかないしわがれた声が、どこからとも無く響いてくる。そして単調なリズムが、次第に熱をおびてくる。
b0096724_21392651.jpg

 かれらの最大の特徴はその密室的な雰囲気である。密室的というよりは密儀的とでも言おうか。秘教的/邪教的な危うさをはらんでいるその緊張感が、フォロワーを大きく引き離している。そこに、やはりイギリス的な諧謔が絶妙なバランスで差し挟まれる。

 おそらく、ファッションと音楽とパフォーマンスを足し算しても、彼らのようなバンドにはなり得ないのだろう。彼らは自分たちのイメージを体現するためにファッションと音楽とパフォーマンスを組み合わせたのだ。所詮、凡百の輩とはセンスが違う。

 私は、彼らこそが80年代を代表する三大バンドの一つであると確信している。ちなみにほかの二つはJOY DIVISIONと DURUTTI COLUMNだ、文句ある??
[PR]
by bow1965 | 2006-07-28 22:04 | 〜80年代 英国のロック

ハートぶち抜く、不良たちのロケンロー

CRAZY DIAMONDS
SONHOUSE 1984
b0096724_17344448.jpg


もともとサンハウスは70年代に活躍したバンドで、あんまり好きな言い方ではないけれど「メンタイバンド」の先駆けである。郡山ワンステップフェスティバルあたりで盛り上がったようだ。
その後、メンバーはそれぞれに活躍しているのをご存知の方も少なくないだろう。

 さて、これは副題にabsolutely liveとあるように、ライブアルバムである。たった一回だけ再結成したときの音源で、メンバーは菊(Vo)、鮎川(G)、奈良(B)、蒲田(Ds)の4名で、全員オリジナルメンバーである。オリジナルの編成ではサイドギターもいたが、それがいないため非常にタイトな音に仕上がっている。

 サンハウス自体の魅力は、やはり不良の一言につきるのではないだろうか?しかし、同じ時代に活躍した村八分がかなりヤバメな感じであるのに対して、サンハウスはどこか人懐っこい。村八分が粘っこいルーズなブギーであるのに対し、サンハウスはノリ一発のロックンロールであるのも対照的である。つまり、サンハウスは味方に付けるととっても頼もしいのに対して、村八分は味方につけてもどこか油断なら無い感じがする、といったところか!?

 さて、このアルバムは、後にカセットにのみ収録されていたタイトルを加えて、CDで再発された。改めて聴いてみると、CDのほうはなんかノリが悪いような気がする。蒲田と奈良のコンビネーションが悪いのだ。アナログ盤もCDも収録日は一緒なので、同一のマスターテープを使用しているはずなのだが?音の解像度が高くなったのと、ミックスダウンが変わったからであろうか。

 しかし、最初はちぐはぐだったリズム隊であるが、次第にノリが合ってきて、盛り上がるに従って音がまとまってくる。その過程が非常に生々しく、実況録音盤の名にふさわしい。蒲田が下を力強く支え、奈良が前へ前へ押し出す。そこに鮎川がノイジーに切り込んでくるのを菊がねじ伏せる。それらすべてが合わさってバンドの音が出来上がっているのであるが、すべてを包み込むのはやっぱり菊の歌声であろう。村八分にしても外道にしても四人囃子にしても頭脳警察にしても、どうしてこう、70年代のバンドの音って、格好いいんだろう!音の寄せ集めではなくて、80年代以降希薄になっていく(90年代には絶滅しているかもしれない)バンド感が、満ち満ちている。

 このアルバムはバンドのノリが生み出されていく希有な瞬間を封じ込めた傑作である。とくにサンハウスはテクニックというよりはノリで勝負するバンドであるだけに、その臨場感は特筆ものである。上手いだけがバンドではないことを、はっきりと示している。
[PR]
by bow1965 | 2006-07-23 17:54 | 〜80年代 日本のロック

そうこなくっちゃ!!

You could Have It So Much Better
FRANTZ FERDINAND 2005
b0096724_2027541.jpg


 しばらく前から、聴くのは60〜70年代の音楽が中心になってきている。もちろん80年代にも好きな音楽はあるのだが、どうも80年代独特の音づくりにつきまとうあざとい感じが少し鼻についている。90年代以降については、ほとんど全滅に近い。

 とくにルーツロックを聴いているわけではないのだが、というよりむしろ辺境に近いところに巣食っているのだが、最近の音楽はちょっといただけない。ま、はっきり言えば「そんなのだったら、すでにツェッペリンがやってるぜ」とか、「いまさら80年代を安直にコピーしたって、仕方ないじゃない」とか、そんなものが多すぎる。 ロックが多様化するのも広がるのも深化するのも変質するのも、それはそれで歓迎すべきことなのだが、なにか足りなくないはないだろうか?? ロックの王道は??

 で、このバンドである。凄い!60年代にロックンロールが生まれてから、70年代、80年代と不毛の90年代を経て、やっと出てきたロックの王道。ひたすらかっこ良くって、歯切れが良くって、ポップでキャッチーでヘヴィーでグラマラス。かっこいいロックンロールを聴いて、久しぶりに興奮してしまった。これが正常にストレートに進化したロックンロールの現在形なら、ロックンロールはまだまだ捨てたもんじゃない。私にとってのロックンロールの王道は80年代にリリースされたDream Time/The CULT以降、あまりにもか細く、見失いそうであった。しかし、もう心配ない!それと同じかそれ以上に骨太で、もっとキレがあって、もっとノリが良くって、イカした、イカれたバンドがやってきたぜ!
1stもおすすめ!! 
[PR]
by bow1965 | 2006-07-18 20:56 | その他の音楽

Always sitting by your side

夜明けの口笛吹き
Pink Floyd 1967
b0096724_2113440.jpg


 初めてこれを聴いたのは、二十歳を少し過ぎた頃だとおもう。当時はネオサイケの絶頂期で、私のサイケデリック・ヒーローはヴェルヴェット・アンダーグラウンドであった。その耽美な雰囲気にやられていたゆえ、この音楽が今ひとつまとまりなく、安っぽいへたくそなロックンロールにしか聞こえなかったのはいたしかあるまい。

 その後の私は音楽の嗜好も広がり、たくさんのサイケデリックミュージックも耳にした。そして、サイケデリックが精神の解放を意味しているとしたら、多くのサイケデリックミュージックは「サイケデリックミュージックであること」に固執して、決して自由な音楽ではないことを知った。

 夜明けの口笛吹きは、そのタイトル通り自由と清々しさを併せ持つ。徹夜明けの少し高揚した気分で、薄明かりの石畳を歩きながら口笛を吹いてみる。何者にも属していない、誰の目を気にすることも無い、そんな自由さ。そして、たとえその瞬間限りのものだとしても、そこには孤独とともに真理が垣間見えるはずだ。

 そのカラフルさと奥行き。ポップでチープな音色とコロコロ変わる曲調に騙されてはいけない。 きっと、シドは自分の音楽を通して、深淵を見てしまったにちがいない。ずっとそのふところに抱かれていたかったから、ドラッグを使ったのだろうか。今シドのいるところはどんなところなんだろう。不安も恐れも何も無くて、彼は深遠に抱かれて眠っているのかもしれない。さようなら、シド・バレット。僕もいつかそこにいきたい。
[PR]
by bow1965 | 2006-07-12 21:43 | 〜80年代 英国のロック

沈み行く先にあるものは

あおいあしおと
ゑでぃまあこん 2005
b0096724_21124866.jpg


 こういった文章を書き連ねていると、音を文字で伝えることに対するもどかしさというのが常につきまとうのであるが、今回は特にそう感じてしまう。いったい、この音楽について、言葉にすることにどれだけ意味があるのだろう。
 たとえば、日本でいや世界でもトップクラスのアッシド・フォークであるとか、頼りなげで夢見心地な浮遊感につつまれるとか言ってみたところで、肝心の音を聞かないのではどうしようもない。音を聞いたところで、特に何も感じない人もいるだろう。

 いったい、どうして僕はゑでぃまあこんの音に魅せられるのだろう。たくさんのレコードやCDを聴いて、その中にはとても気に入ったものもあるし、それこそはまり込んでその1枚だけをしばらく聴きつづけることだって、珍しくない。でも、ゑでぃまあこんは少し事情が違う。

 もともと気分に合わせて音楽を選んだり、音楽で気分を変えたりすることはほとんどない。まあ、マグマを聴けば元気になるし、落ち着きたいときにドゥルッティ・コラムを聴くことはあるけれど、その逆のパターンもあるので、「こういう気分のときはこの音楽を聞く」とか「この音楽を聴くとこういう気分になる」という絶対的な音楽というのは、ほとんどない。あえて言えば頭脳警察誕生ぐらいかもしれない。

 そんな中で、ゑでぃまあこんは少し事情が違う。けしてヘヴィ・ローテーションなCDではない。しかしながら、その歌声、そのメロディ、その空気があたりを満たすと、他の何も必要でなくなってしまう。それだけあれば良い。どこまでもどこまでも一緒に沈んでいきたい。それだけ聴きながら、何もせずに、何も考えずに、一生を過ごしたいと思ってしまえるほど、その音は儚く優しい。ゑでぃまあこんの音楽につつまれて、僕は駄目になってしまいたい。
[PR]
by bow1965 | 2006-07-06 21:40 | その他の音楽