<   2006年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

近来稀に見る・・・

bareback
hank dogs 1998
b0096724_19194154.jpg


 某誌で「ストレンジ・フォーク」特集を組んでいたからというわけではないのだけれど、英国フォークです。60年代後半からイギリス本土で猛威をふるったフォーク・リヴァイヴァルは、チャイルド教授やセシル・シャープ卿、A.L.ロイドなどの仕事を土台にして、シャーリー・コリンズやマーティン・カーシーたちが種を蒔き、フェアポート・コンベションやスティーライ・スパンたちが華咲かせました。それはその後のイギリスの音楽シーンに有形無形の影響を与えたことは言うまでもりません。

 しかし、それを陰でささえたのが、誰あろう名プロデューサー、Joe Boydその人なのです。
 かれが携わったアルバムは枚挙にいとまがありません。ニック・ドレイクやバシティ・バニヤンもそうです。そんなかれは、しかしながら80年代にはほとんど表舞台にはたたなくなります。おそらく、R.E.Mが最後の大物でしょう。それまで彼が手がけてきた多くのミュージシャン達のように、十年も二十年もの歳月に耐えうる才能を持った新人に出会わなくなったというのが、その理由だそうです。それからしばらくの間、彼は旧友たちの再発や新作のリリースと、世界中のフォークソングのディストリビュートをしていました。

 そんな彼が長い沈黙のあとに、久々にプロデュースしたのがこのhank dogsなのです。メンバーは父と娘、そして女性の3人。シンプルなハーモニーで、しっとりと歌います。もちろん、英国のフォークを特徴づける陰影にとんだ曲づくりは、まさにフォーク・リヴァイヴァルの直系と言えるでしょう。美しいアルペジオにのせて、ゆっくりとしっとりと歌が流れていきます。

 特に絶品なのは2曲目の”18dogs”でしょう。60〜70年代の名曲群と比べても遜色ありません。緊張感に裏打ちされた深い悲しみをたたえつつ淡々と歌われるその歌は、残り少ない20世紀の最後を飾るマーダー・バラッドに他なりません。
 ストレンジと言えばこれほどストレンジな歌は他に無いのかもしれません。彼ら自身はこちら側にいますが、いとも簡単に異界への道をあけてしまうのですから。
[PR]
by bow1965 | 2006-08-29 19:57 | その他の音楽

日本的な・・・

三つのウソと5時の鐘
CINORAMA 1994
b0096724_17135617.jpg


 頭脳警察のオリジナルメンバーであるトシことパーカッショニスト石塚俊明のグループである。元々トシは、音楽的には頭脳警察向きではなく、有名な三里塚でも灰野敬二のロストアラーフを横目で見て、あのような自由な音楽をやりたいと思ったそうである。これはそんな彼の初のパーカッションソロアルバム「風の闇−らィさッの打楽 」に続く、自身のバンドとしてのデビューアルバムである。

 たとえばタージ・マハル旅行団や四人囃子を始め、友川かずきとピップエレキバンドや三上寛、遠藤賢司などとの共演からもわかるように、彼のパーカッショニストとしての資質はオールジャンルというよりもノンジャンルである。ロックでもポップスでもない、トシのパーカッションは、不思議なリズムに満ちている。

 このアルバム自体も不思議な、そして不気味な魅力をたたえている。パーカッションと訥々とした女声、豊かなチェロの響き。それらが相まって、まるで古い映画を見ているかのような音像が広がってゆく。その表現は音の大小・高低だけではなく、音の濃淡による東洋的な遠近法が用いられている。もちろん、それは意識して出来ることではなくて、雑食ともいえるトシの音楽への多様なアプローチがもたらした奇跡的なセンスの為せるわざであろう。

 本質的に夜(というよりも宵闇というべきか)に属する、中世ヨーロッパの宗教音楽にも似た静謐さと、いわゆるレコメン系にも比すべき前衛性を孕んでいるその音楽は、「セミクラシック」と評されるほどシリアスであるとともに、ユーモラスである。時に奔放に、ときに理知的に、時に力強く時に儚く。刻一刻と表情を変えるその音楽を、私たちは固唾をのんで見守るほかはない。

 これは日本ではかつて生まれることの無かった極めて日本的な音楽。音楽的な方向性はちがうけれど、たとえば向井千恵の率いるChe-SHIZUや、Charles HaywardのCAMBERWELL NOWあたりとちかい肌触りをもつ。
b0096724_18192025.jpg

[PR]
by bow1965 | 2006-08-19 18:17 | その他の音楽

センチメンタル

Between Flesh And Divine
ASIA MINOR 1980
b0096724_16413970.jpg


ポジパン/ネオサイケを始めとするニュー・ウェイヴの波に押しやられ、プログレ不毛の時代と言われた80年代にも、わずかではあるが優れたバンドが存在していた。オランダのCODA、ドイツのAMENOPHIS、そしてフランスのASIA MINOR。

 その三つのバンドの中でどれが一番かというのは好みの問題であり、かつバンドの方向性も違うために、あまり意味が無い。私個人の好みからいえば、ASIA MINORは完成度はCODAに、テクニックはAMENOPHISにそれぞれ一歩譲るものの、その叙情性と理知的とも言える展開において、他二者の追随を許さない。

 奇数拍子を基本とする変拍子を多用するシンフォニックな曲調は、まさに70年代を継承している音楽である。トルコ出身のリーダーによって、たどたどしい英語で歌われるその歌は、しかし吃音系というよりはむしろ儚さが滲みだしているようにさえ聞こえる。

 基本的な編成はギター/ドラム/ベースとフルートで、控えめなキーボードが時折差し挟まれる。全体に乾いた緊張感をはらんだ、スピード感のある演奏ではあるが、全体に寂寥感が漂う、まるで砂漠の夜明けのような透明な音楽が紡ぎだされていく。

 ほんとうに、この一瞬を逃したら二度と聞けないのではないかと思わせるような儚さとうらはらに、時に顔を出す強靭なリズムに支えられた疾走感。その絶妙なバランスが開けてくれる扉の向こうからは、漂うような、吹き抜けるような、そんなフルートに導かれて、いいしれぬ切なさが流れだしてくる。そう、悲しいのでも寂しいのでもなく、良い知れぬ切なさに胸が締め付けられるような感覚。

 私は20代のうちにこの音楽に出会うことが出来たことを、とても幸せだと思う。
[PR]
by bow1965 | 2006-08-06 17:16 | 〜80年代 欧州のロック